メンバーインパクト

  

      田中達彦 
         歴史研究 縄文時代編

かねて研究されていた田中会員はこのたび縄文時代にスポットを当てた歴史研究と
して、3回にわたり成果発表され、我々会員有志は愉しく勉強いたしました。
今回の勉強内容は下記のごとく興味深いものでした。


第1話 縄文時代以前  日本列島に住み着いた人
1 人類の進化
 ① 猿人・・・・・約700万年前、アフリカ大陸で誕生
 ② 原人・・・・・約300万年~200万年前、猿人から進化
     ○北京原人、ジャワ原人、フローレンス原人、台湾原人 等
 ③ 旧人・・・・・約40万年前、アフリカ大陸で誕生
     ○ネアンデルタール人、デニソワ人、等
 ④ 新人・・・・・約20万年前アフリカ大陸で誕生
     ○ホモ・サピエンス、約8~7万年前にアフリカ大陸を集団で脱出
     ○ヨーロッパ大陸~アジア大陸へと拡散
2 石器時代・・・・・3期に区分、約330万年続いた
 ① 旧石器時代
     ○前期旧石器時代
     ○中期旧石器時代
     ○後期旧石器時代・・・クロマニヨン人誕生
             ・・・新人が古日本列島へ移住
 ② 中石器時代・・・・・・・・縄文時代草創期(原土器時代)
 ③ 新石器時代・・・・・・・・縄文時代早期~晩期まで該当
3 新人の日本列島への旅(移住)・・・・大規模には2回にわたり移住
 ①第1波・・・・約3万8000年前の後期旧石器時代
 ②第2波・・・・約2万5000年前(最終氷河の最寒冷期)
4 縄文時代・・・・・定住化、土器の発明、狩猟と採集の生活
 ① 縄文時代人の暮らしの一例・・・粟津湖底遺跡(約5500年間続いた)

第2話 縄文時代(1)
1 約1万3000年閑を6段階に区分
 ① 草創期・・・1万3千(1万5千)年~1万(1万1千5百年)年の間
 ② 早期・・・・1万(1万1千5百)年~7千5百(7千)年の間
 ③ 前期・・・・7千5百(7千)年~5千(5千5百)年の間
 ④ 中期・・・・5千(5千5百)年~4千(4千5百)年の間
 ⑤ 後期・・・・4千(4千5百)年~3千(3千2百)年の間
 ⑥ 晩期・・・・3千(3千2百)年~2千5百(2千)年の間
2 草創期の海水面
3 縄文人の生活
 ① 定住化・・・人類にとっての革命
    ○気候の変化
    ○海岸線の変化
    ○温暖化
    ○環境変化への対応(ライフスタイルの変化)
 ② 竪穴式住居
 ③ 定住的ムラの出現
 ④ 竪穴式住居の謎

第3話 縄文時代(2)

1 土器の発明について・・・発明の歴史、生業の変化
 ① 土器編年について
    ○土器の器形の変化
    ○地域性
 ② 謎の土器について
    ○使途不明
 ③ 布目模様の土器等
    ○無文、凸帯文、押型文、縄文、布目文
 ④ 土器に残された痕跡の語るもの
    ○縄文農耕論
2 土偶及び仮面について(縄文人の精神性につい・・・諸説あり)
 ① 土偶
 ② 仮面

第4話 
 京都府下の縄文遺跡の分布・近況など
 ①意外と多い縄文時代の遺跡 京都盆地に約100箇所
 ②日本海沿岸遺跡の交易・交流を窺わせる遺跡
 ③桂川右岸の晩期遺跡に見る稲作(弥生時代)への移行の動き

第5話
 弥生時代とは
 ①弥生時代の定義の変遷
 ②時期区分・・4区分説が主流
 ③弥生時代の地域差
 ④戦乱の時代
  


 




女性ふたりのデュオコンサート「冬の旅」


 2月24日プロバスクラブ京都のメンバーの方が、シューベルトの傑作・ドイツリードの「金字塔」と言われている「冬の旅」を京都コンサートホールにて演奏会を開催されました。「冬の旅」は恋に破れた若者が激しい冬の夜にさすらいの旅に出て、孤独と向き合いながら魂を癒していくというストーリーです。
 24の歌曲からなる連作歌曲をドイツ語で歌われ、解説書と首っきりで鑑賞させて戴き、中には聞きなれた旋律もあってホッとしました。旺盛なチャレンジ精神と年齢を感じさせないお声に元気を頂戴出来たことを感謝し、また贅沢なひと時を過ごさせていただきました。     ( 記:イーストマウンテン敏子)


 

 

新美会展
東山敏子会員が所属されている絵画・工芸の「新美会」が31年4月9日~15日「ひと・まち交流館京都」でにぎにぎしく「新美会展」を開催されました。回を重ねて今回で第34回目になるそうです。春のいちにち会員有志揃って表敬訪問・観賞いたしました。

上記2点が東山会員の作品です



JARFO
祇園祭展
祇園祭は疫病や災疫を防ぎ都の平安を祈願するために始まった祭りです・7月1日~31日までのひと月の間に数多くの儀式が執り行われます。宵山、山鉾巡業では京都の人々の教養と美意識が存分に感じられるひとときです。神興御渡御で感じる神様と群集の一体感と力強さは人々の心をひきつけます。長きにわたり継承されてきた祇園祭を楽しむことが出来る事こそが平安の時代の喜びであり、祇園祭を子供たちや後世へ伝えることが割れ話rが出来る役割ではないでしょうか。今回の作家の描く絵画を通じて、祇園祭での一期一会の美しさや感動、またこれまでに気が付かなかった、美の視点について理解を得ることが出来るでしょう。  (案内チラシより)

6人のJARFOメンバーの一人、プロバスクラブ京都の竹内照代会員を表敬訪問いたしました





写真・図絵で楽しむ
祇園祭山鉾とその周辺
プロバスくらぶ京都の島田崇志会員が長年取り組んでおられる祇園祭の研究発表の展示会に陣中見舞い&見学いたしました


特別展示 祇園ねりもの
ー祇園ねりものとその行列衣装
ねりものとは、祇園の芸妓などが祇園祭の神興洗いの夜、風流をこらした行装をととのえ、四条通りなどを行列して八坂神社へ詣でることを言い、絵番付はその折になじみの客などに配ったものである。その起源は江戸時代の享保年間(18世紀初期)頃に始められたようで、文化、文政から天保年間頃が最も盛んであった。その後、幕末のころに中断し明治4年に復活し、明治10年から13年まで、同じく明治15年と26年に行われている。昭和になると10年に配布する絵番付を作成したが豪雨のため中止され、翌11年に祇園東お茶屋組合によって復活したが、後が続かず終戦を迎える。そして昭和28年に18年ぶりに復活し、29年、32年。35年と続くが、これ以降は行われていない。ねりものの内容は当時評判の芝居や、風俗を配し、行列の人数は60人~70人であった。
今回展示の絵番付は、天保10年から明治、昭和、戦後の昭和35年までの8点であるが、昭和のねりもの行列の写真も加えている。さらに今回展示のねりもの行列の衣装は、祇園東お茶屋組合の特別の協力によるもので、昭28年から35年に使われていた衣装の一部であり、地元の観亀神社で25年5月9日夜に披露されているが、地元(祇園)以外では初めての公開である。展示の内容は歌舞伎十八番の「暫」の勇士を飾る柿色の長素襖と袴、高下駄、その他「関の花」の小野小町と「櫓の雪」の八百屋お七の華やかな衣装である。  (都のまつり文化研究会)


 

第49回鴨川納涼
メンバーの方が県人会で活躍されています鴨川納涼に
陣中見舞いを兼ねて鴨川散策いたしました